大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和57年(行ツ)182号 判決 1984年5月29日

上告人 十和田労働基準監督署長

訴訟代理人 藤井俊彦 上野至 都築弘 橘田博 小澤義彦 寳金敏明 橘内剛造 ほか三名

被上告人 橘直吉

主文

原判決を破棄する。

被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人柳川俊一、同上野至、同都築弘、同大原哲三、同小澤義彦、同寳金敏明、同橘内剛造、同米澤好之、同河野弘治、同工藤芳三の上告理由について

原判決によれば、被上告人の子橘正雪(以下「正雪」という。)は、白山タイルこと訴外白山三穂にタイル工として雇用されていたが、昭和四四年九月一五日午前八時三〇分ころ、自己所有の自動車を運転して、青森県三戸郡南部町の自宅から、右白山が施工していた同県十和田市内の高等学校のタイル張り工事の現場(以下「本件工事現場」という。)に出勤する途上、同市内の国道四号線道路上で訴外中村満千夫運転の自動車と衝突し、頭蓋骨骨折により死亡した、そこで、被上告人は上告人に対し、正雪の右死亡が義務上の事由によるものであるとして、昭和四八年三月一五日労働者災害補償保険法(昭和四八年法律第八五号による改正前のもの。以下、同じ。)所定の遺族補償年金の保険給付を請求したが、上告人は、同年五月二三日付で、正雪の死亡は業務上の事由によるものではないとの理由で、右保険給付を支給しない旨の決定(以下「本件不支給処分」という。)をした、というのである。

ところで、労働者の負傷、疾病、障害又は死亡(以下「災害」という。)が労働者災害補償保険法に基づく保険給付の対象となるには、それが業務上の事由によるものであることを要するところ、そのための要件の一つとして、労働者が労働契約に基づき事業主の支配下にある状態において当該災害が発生したことが必要であると解するのが相当である。そして、通勤途上において発生した災害は、労働者が、使用者の提供した専用の交通機関を利用していた場合、又は通勤の途中で業務を行うことを予定していた場合等、労働者が通勤途上においてもなお事業主の支配下に置かれていたと認めるべき特別の事情がある場合を除き、業務上の事由によるものということはできないと解すべきである。

原審は、その確定した事実関係のもとにおいて、正雪は、自宅から本件工事現場まで約三九・五キロメートルの距離があつて通勤に不便なため、現場近くの飯場に宿泊するか、又は、他の労働者と同様、白山宅に寄宿して白山の自動車により通勤したい旨を申し入れたのに、いずれも白山側の事情により実現せず、白山の説得によつて本件工事現場まで自宅から通勤することになつたこと、右自宅からの通勤のためには、自家用車によるほかには時間的、経済的、肉体的な負担に耐えうる適切な交通手段がなく、他方、自家用車による通勤は、正雪の使用する手道具類の運搬携行にも便利であつたこと、白山も、右の諸事情から正雪が自家用車により通勤するのを余儀ないものとして承認していたこと等の事情があることを考慮し、本件においては、正雪は通勤途上においても事業主である白山の支配下に置かれていたものと認めるべき特別の事情があるものとして、同人の死亡は業務上の事由によるものというべきである、と判断した。

しかしながら、原審の適法に確定したところによると、正雪の自宅付近から本件工事現場付近までは列車、パス等の公的交通機関が通じており、正雪がこれを利用することは、勤務時間との関係で相当な不便はあつたが、ともかく可能であつたこと、また、正雪が自家用車で本件工事現場まで運搬していた道具類のうち砂通し、トロ舟、くわ、スコツプ等の大型道具類は、雇主が現場に用意したものを使用すればよく、自己のものを使用する必要はなかつたことが明らかであり、また、そのほかの手道具類は、列車、バス等の交通機関を利用した場合に携行が困難というほどのものではなかつたとみられるのであつて、これらの事実によれば、正雪の本件工事現場への自家用車による通勤は、他の交通機関を利用した場合よりも便利で、種々の面から好都合であつたとみられるものではあるが、本件工事現場への通勤方法として他に選択の余地がないほど必要性が強く、やむをえないものであつたとまでみるのは、困難であるといわなければならない。そして、交通が不便な地域において通勤のため自家用車を利用することは、当時においても決して特殊な現象ではなかつたことをも併せ考えると、正雪が自家用車による通勤をするに至つた経緯において、白山の意向が強く働いていたことは否めないにしても、そのことから直ちに本件において正雪はその自家用車による通勤途上においてもなお事業主の支配下にあつたものとみるのは相当でないといわなければならない。そのほか、原審の確定した事実関係からは、正雪が通勤途上においてもなお事業主の支配下に置かれていたと認めるべき特別の事情があるとはいえない。

そうすると、前記のような事実関係から、本件災害が、労働者災害補償保険法一条、一二条二項、労働基準法七九条、八〇条所定の業務上の事由による災害にあたるとした原審の判断は、右各条項の解釈適用を誤つたものというべきであり、右違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

そして、既に説示したところによれば、本件災害は業務上の事由によるものということはできず、上告人のした本件不支給処分にはこれを取り消すべき瑕疵はないというべきであるから、本件不支給処分の取消を求める被上告人の本訴請求を棄却した第一審判決は正当であり、本件控訴はこれを棄却すべきものである。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 横井大三 伊藤正己 木戸口久治 安岡満彦)

上告理由

原判決は、労働者災害補償保険法(昭和四八年法律第八五号による改正前のもの。以下「労災保険法」という。)一条、一二条二項、労働基準法(以下「労基法」という。)七九条、八〇条の解釈適用を誤つたものであり、右の違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

一 原判決は、労災保険法に基づく災害補償給付の対象となる業務上の災害について「労災保険はかような使用者の災害補償責任に対する責任保険の性格をもつものであることを考慮すると、ここにいう業務上の災害とは、それが本件のごとく突発的な事故による死亡の場合には、労働者が使用者の指揮命令にもとづく支配下におかれている状態において発生したものであることを要するものと解すべきである。しかして、労働者が出勤の途上で蒙つた災害は、特別の事情のない限り、労働者が使用者の指揮命令に服していない状態の下におけるものとして一般には業務外のものと認めざるを得ない。」(原判決の引用する一審判決六枚目裏三行目から一〇行目まで)としながらも、「1 正雪の自宅から三農の工事現場までは約三九・五キロメートルの距離があり通勤に不便なため、正雪から、従前の例にならい現場近くの飯場に宿泊するか、又は雇主の白山宅に寄宿して同人の自動車により通勤したい旨を白山に申し入れたのに白山側の事情により実現できず、白山の説得により自宅から工事現場に通勤することになつたこと、2 自宅から工事現場まで通勤するには自家用車によるほかには時間的、経済的、肉体的に損失や負担の少ない適切な交通手段がなく、自家用車によるのが余儀ない状況にあつたこと、3 白山に雇われた他の労働者らは白山宅に寄宿し同人の自動車により工事現場に通勤していたこと、4 自家用車により通勤するときは正雪の使用する手道具類(大型の道具類を含まない)の運搬携行にも便利であつたこと、5 雇主の白山もこれらの事情により正雪が自家用車により通勤するのを余儀ないものとして承認していたこと等の各事情」を認定したうえ、「これらの事情は通常の通勤の場合とは異なる特別の事情として、正雪の通勤行為が雇主の支配管理下に置かれていたものと解するにつき、十分な根拠となるものである。」と判示し(原判決一二丁裏五行目から」二丁表八行目まで)、結局、正雪の死亡は労災保険法一条、一二条二項、労基法七九条、八〇条の業務上の災害に該当し、保険給付の対象となるとした。

二 しかしながら、原判決の摘示する右のような事実があつたとしても、以下に述べるとおり、正雪の本件通勤行為が使用者白山の支配管理下におかれていたとみることはできないものである。

1 まず、原判決が摘示する1の事実についてであるが、正雪が自宅から約三九・五キロメートル離れた工事現場まで通勤することは通常の通勤の範ちゆうに入るものであり、雇主の白山としては、正雪を作業現場近くの飯場に宿泊させるとか、雇主の自宅に寄宿させて雇主の自動車によつて通勤させなければならない義務を本来的に負つているものではないから、白山が正雪の右のような申し入れを断り、正雪に自宅から工事現場に通勤するように説得したとしても、これをもつて特別の指揮命令をしたものということはできない。したがつて、右のような事実があつたとしても、正雪の通勤行為が使用者白山の支配管理下におかれたことになるものではないことは明らかである。

2 原判決の摘示する2の事実についてであるが、現在の社会においては、交通の不便な地方において、自家用車を使用して出勤することは通常の出勤手段になつていることにかんがみ、たとえ正雪が自家用車によつて出勤せざるを得ない通勤事情にあつたとしても、このことをもつて本件通勤行為が使用者の支配管理下におかれたものとみることはできない。

3 原判決が摘示する3の事実についてであるが、正雪以外の労働者が白山宅に寄宿し同人の自動車により工事現場に通勤していたとしても、それは正雪と他の労働者との雇用条件が異なつていたというに過ぎず、そのことによつて、正雪の本件通勤行為が使用者の支配管理下におかれたことになるものではないことはいうまでもない。

4 原判決摘示の4の事実は、自家用車によつて通勤することが正雪の使用する手道具類(常傭で働く場合は小道具箱に収納して携行することになつていた。原判決一〇枚目表一一行目以下。ちなみに手道具類とは、墨つぼ、墨さし、指金、塗りゴテ、手ゴテ、レンガゴテ、下げ振り等の小さな道具箱である<証拠省略>。)の運搬携行に便利であつたというだけのことであり、特に自家用車によらなければ小道具箱の携行が困難であつたという事情は存しない。したがつて、自家用車で通勤することが小道具類を携行するのに便利であつたというだけでは、自家用車によつて通勤したことをもつて使用者の支配管理下におかれていたものとみることはできないものである。

5 原判決摘示の5の事実は、使用者が正雪の自家用車通勤を余儀ないものとして承認していたというに過ぎないものであつて、このことによつて、正雪の本件通勤行為が、使用者の支配管理下におかれていたとみることができないことはいうまでもない。

このような事情で業務上災害を認めるとすれば交通の不便な地方で自家用車による通勤が認められている場合には、自家用車による通勤が、ことごとく使用者の支配管理下にある通勤行為に該当することとなり、このような結果が不合理なことは明らかであろう。

6 以上に述べたところから明らかなように、原判決が摘示する前掲の各事情は、いずれも本件通勤途上の災害を使用者の支配管理下における災害とみるべき特別の事情に当たらないものである。したがつて、原判決が、右のような各事情を根拠として本件通勤途上の災害が業務上の災害に当たるとしたことは、労災保険法一条、一二条二項、労基法七九条、八〇条の解釈適用を誤つたものというべきである。

三 なお、従来、通勤途上の災害であつても、被災労働者が使用者の専用の交通機関を利用していた場合(昭和二五年五月九日労働省労働基準局長通達(以下「基収」という。)三二号、同二六年一〇月一九日基収三七八二号、同四三年九月一〇日基収三五七四号、同年一二月一二日基収五一九〇号、労働省労働基準局編著・労災保険業務上外認定の理論と実際〔新訂版〕二五一、二五五ページ参照)、休日・休暇若しくは時間外において緊急用務等のため特に出勤を命ぜられた場合(昭和二四年一月一九日基収三三七五号、同二五年四月一二日基収六二〇号、同三〇年一一月二二日労働省労働基準局労災補償部長通達九一七号、前掲書二五〇、二五三ページ参照、)通勤途上で業務を行うことが予定されていた場合(昭和二四年一二月一五日基収三〇〇一号、同二六年六月二一日基収二二〇八号、前掲書二三四、二五一ページ及び仙台高裁昭和五四年九月一〇日判決・労民集三〇巻五号九一八ページ、浦和地裁昭和五五年五月二一日判決・判例タイムズ四二七号一〇三ページ)、災害が企業構内において発生した場合(昭和二三年四月二日基収一二五九号、同年六月二五日基収二一一一号、前掲書二二五ページ、札幌高裁昭和四七年一〇月一二日判決・労働判例一六三号六二ページ、札幌地裁昭和五二年九月二九日判決・労働判例二八五号二〇ページ)などのような場合には、これを業務上の災害とみうる特別の事情があるものとされているが、本件通勤途上の災害が右のいずれの場合にも当たらないことは明らかである。

ところで、通勤途上の災害を業務上の災害と認めた最高裁判所としては、最高裁昭和五四年一二月七日第二小法廷判決(裁判集民事一二八号一六九ページ)があるが、右判決はいわゆる救済判決であつて、最高裁判所民事判例集にも登載されていないことにかんがみると先例的価値に乏しいものであるが、右判決の事案は次に述べるとおり、本件事案とは内容を異にし、本件に適切でない。すなわち、右判決が当該事案において通勤途上の災害を業務上の災害であると認定したのは、次のような事情が認められたためであると考えられる、すなわち、当該労働者の行うべき職務の内容が山間へき地にある発電所及びダムの保守、管理であり、欠勤等による職場放棄が公共的見地から許されないものであつたこと、欠勤した場合にはスト中のため代直者の獲得が困難であつたこと、したがつて、当該労働者が通勤のための路線バスに乗り遅れた時点で年次有給休暇を請求しても、時季変更権を行使され、いかなる手段によつても出勤せよとの業務命令が出されることが高度のがい然性をもつて予想されたこと、そのため被災者は原動機付自転車を運転して山間難路の峠越えして出勤しようとしたものであることなどである。端的にいえば、右事案においては、特別に出勤命令が出される場合と同様の客観的状態にあつたということができるのである。そうだとすれば、右第二小法廷判決の事案は、従前業務上の災害と認められていた特命による休日出勤の範ちゆうに属する事例に近いものであり、出勤命令は推定的なものでも足りるとする限界的一事例を付加したものということができるのである(出勤命令が推定的なもので足りるという点に関しては、既に前掲昭和二五年四月一二日基収六二〇号が同じ趣旨の先例として存在する。)。

これに反して、本件においては、原判決の摘示する事実(八丁裏一〇行目ないし一一丁裏三行目)によつて明らかなように、右第二小法廷判決の事案にみられるような、当日是が非でも出勤せざるを得ない状況、すなわち、特別に出勤命令が出される場合と同様の客観的状態は何一つ認めることができない。かえつて、正雪は被災当時通常の通勤時間帯において、特別の出勤命令を受ける高度のがい然性もないままに平常どおりの通勤を行つていたものにすぎないのである。右の次第により、本件は右第二小法廷判決の事案とは全く事案を異にするものであるといわなければならない。

四 本件災害は、叙上のとおり、業務災害とみるべきものではない。労災保険法の改正(昭和四八年法律第八五号によるもの)により、通勤災害も保険給付の対象となつたのであるが、改正後も業務災害と通勤災害とは労災保険法、労基法上多くの点でその取扱いを異にするのみならず、保険料率の算定(労働保険の保険料の徴収等に関する法律一二条三項、二〇条参照)、広く普及している企業内労災補償制度(旬刊労務事情五七三号五ページ以下の実態調査参照)においてもその区別は重要であつて、彼此混同するときは、労災行政上少なからざる混乱が生ずることになろう。

したがつて、業務災害と通勤災害との区別は明確でなければならないのであるが、本件のような災害についてまで、業務災害とするときは、その区別の明確性をいちじるしく欠くこととなり、不当であることは明らかである。

五 以上述べたように、原判決には、労災保険法一条、一二条二項、労基法七九条、八〇条の解釈適用を誤つた違法があり、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄されるべきである。 以上

第一審(青森地裁 昭和五三年(行ウ)第一号 昭和五五年一月二二日判決)

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

1 被告が昭和四八年五月二三日原告に対してした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償年金給付不支給の決定を取り消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二 請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一 請求原因

1 原告の実子亡橘正雪(以下正雪という)は、昭和四四年七月から青森県立三本木農業高等学校建設工事の元請人株式会社福万の下請をしていた白山タイル店主白山三穂に、同工事現場のタイル工として雇傭され、その仕事に従事していたが、同年九月一五日午前八時三〇分ころ、出勤のため自己所有の自動車を運転して、青森県三戸郡南部町大字大向字飛鳥三九の自宅から同工事現場に赴く途中、同県十和田市上伝法寺町の国道四号線道路上において訴外中村満千夫の運転する車輛と衝突し、頭蓋骨々折により間もなく死亡した。

2 そこで原告は、被告に対し、昭和四八年三月一五日正雪の死亡が業務上の事由によるものであるとして、労働者災害補償保険法に基づく遺族補償年金の保険給付を請求したところ、被告は同年五月二三日付で、正雪の死亡は通勤途上の事故であり、業務上の事由によるものでないとの理由で、原告の請求にかかる同保険給付を支給しない旨の決定(以下本件決定という)をした。

原告は本件決定に対し、同年七月二〇日青森労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をしたけれども、同五〇年九月一三日付で前同様の理由により右請求が棄却されたので、更に同年一一月一八日労働保険審査会へ再審査請求したが、同五二年一一月二日付で再審請求棄却の裁決を受け、同五二年一一月四日原告にその送達がなされた。

3 しかし本件決定は次のとおり業務上の事由による正雪の死亡をそうでないものと誤認した違法がある。

正雪は、前記白山タイル店主白山三穂に雇傭されるに際し、自宅からの通勤より距離が短い三本木農業高校工事現場宿舎若しくは白山タイル店に宿泊を申し入れたところ、満杯であるため自宅から自動車で通勤するよう指示されたため、自家用車で通勤していたものである。このため日当二、五〇〇円のほかにガソリン代二〇〇円をうけていた。

又、右自動車には、タイル張工事に必要な舟(セメント、砂などをねり混ぜる箱形の容器)、コテ、砂とうし、バケツ等を積み通勤していたものであり、右道具類は実際に工事に使用していたが、これを白山三穂は是認していた。

以上の事実から、正雪の死亡はたとえ通勤途上のものであつても、事業主が提供する通勤専用バス乗車中の交通事故と同様、労働者災害補償保険法第一条の「業務上の事由」によるものである。

4 よつて原告は本件遺族補償年金給付不支給の決定は違法であるから、その取り消しを求めるものである。

第三請求の原因に対する認否および被告の主張

一1 請求原因1の事実は認める。

2 請求原因2の前段の事実中、正雪の死亡が業務上の事由によつて生じたものであることは否認するが、その余は認める。同後段の事実中、原告が審査請求、再審査請求をしたこと及び右各請求が棄却されたことは認め、その日時については否認する。

3 同3は争う。

二 本件決定は次に述べるように適法である。

本件被災は労働者災害補償保険法(昭和四八年九月二一日法律第八五号による改正前のもの。以下同様)一条にいう業務上の事由による災害といえず、同法に基づく災害補償の対象とならない。即ち同法に基づく災害補償の対象となる業務上の事由による災害とは、労働者が労働契約に基づいて事業主の業務の遂行中に現実に事業主の支配下及び管理下にある状態で災害が発生したものであること(業務遂行性)を要するが、通勤途上で発生した災害は特段の事情がない限り事業主の指揮、命令に基づく支配下におかれていない状態で発生した災害であるから、労災保険法が適用されないものである。

正雪は、昭和四四年七月五日から青森県三戸郡南部町大字大向字飛鳥三九番地の自宅から自己所有の小型トラツクを自ら運転し、本件工事現場へ通勤していたが、本件被災の数日前までは、報酬は出来高払の請負で就労していたものであり、以後日当二、五〇〇円で本件工事に従事してきた。

被災当日の出勤において、正雪は、白山三穂の特別な業務命令された事実がなく、タイル張工事用の道具類を持ち歩いていたとしても、それは右白山の指示命令に基づくものではない。

又、正雪の報酬が前記のように出来高払の請負制から日当制に変わつたとしても、通勤自体について白山三穂の支配、管理下におかれていたものとはいうことができず、右白山が仮に「通勤してくれ」と言明していたとしても、右の結論に格別の差異をきたすものではない。

したがつて、被告のした本件決定には何らの違法も存しない。

第四証拠<略>

理由

一 原告の七男亡橘正雪が労働者災害補償保険法三条一項所定の適用事業の事業主であるタイル工事業白山タイル店こと白山三穂方に、昭和四四年七月頃タイル工として雇傭され、株式会社福万から下請した三本木農業高校のタイル張り工事に従事していたところ、原告主張の日時ころ自宅から右作業現場へ自己所有の自動車で通勤途上、交通事故により死亡したこと、原告が亡橘正雪の右死亡をその業務上の事由によるものであるとして、原告主張のような遺族補償年金の支給請求を被告にしたが、原告主張のとおりの不支給の本件決定をうけたことについては、当事者間に争いがない。

二 そこで被告のした本件決定の適否を検討する。

労災保険法に基づく災害補償保険給付の対象となる災害は、同法第一条によれば業務上の事由によるものであることを要し、また同法第一二条第一、二項の規定するところによれば、労働基準法第七五条ないし第七七条まで、第七九条及び第八〇条に定める災害補償の事由すなわち業務上の災害とされている。しかし、このように業務上の事由による災害といい、業務上の災害といつても同義であり、そして使用者の労災補償責任が一種の損害賠償責任であつて、労災保険はかような使用者の災害補償責任に対する責任保険の性格をもつものであることを考慮すると、ここにいう業務上の災害とは、それが本件のごとく突発的な事故による死亡の場合には、労働者が使用者の指揮命令にもとづく支配下におかれている状態において発生したものであることを要するものと解すべきである。しかして、労働者が出勤の途上で蒙つた災害は、特別の事情のない限り、労働者が使用者の指揮命令に服していない状態の下におけるものとして一般には業務外のものと認めざるを得ない。

そこで亡橘正雪が昭和四四年七月白山タイル店との雇傭契約に基づく出勤途上の死亡について、業務上の災害によるものと判断すべき特段の事情が存在したどうかについて判断する。

<証拠略>によれば次の事実が認められる。白山タイル店事業主白山三穂は、十和田市の三本木農業高等学校のタイル張り工事(以下三農工事という)を株式会社福万組から下請し、昭和四四年六月一六日から右工事にとりかかつたが、同年七月初めころ亡橘正雪と右タイル張り工事につき報酬は一平方メートル当りの単価による出来高払制とする下請契約を締結し、これに従い正雪は同月五日から翌八月一五日まで三農一号校舎のタイル張り工事に従事した。次に、同年九月に到り、右三農工事の内の志岳寮のタイル張工事について、正雪の希望により請負制の出来高払から日給制の雇用契約を締結し、これに従い正雪は、日給二、五〇〇円の報酬で、九月五日から本件事故の前日である同月一四日まで稼働したが、その間の実稼働日数は六・五日であつた。

右日給制の雇用契約に際し、正雪は工事現場の元請人福万組の飯場か、事業主白山三穂の自宅に寄宿して通勤することを希望したが、当時白山三穂の従業員が、右福万組の飯場に宿泊中他の組の仕事をしたことからその使用を拒否されていたこと、白山三穂の自宅も手狭で正雪を受けいれる余裕に乏しかつたこと、三農工事現場へ正雪の自宅から通勤するのと、白山三穂方から通勤するのとではその距離が大差ないことなどの事情から、結局正雪は、自宅から通勤することを承諾した。その際、正雪がその所有する自家用小型トラツクで通勤することは両者間において、当然の事として了解されていた。

また、本件タイル張り工事に必要な塗りゴテ、手ゴテ、砂通し、トロ舟等の手道具類について、正雪は自己所有のものを使用し、通勤にはこれらを自動車に積んで持ち運ぶなどして、その保管も正雪がなし、本件事故の際にも自動車に積んでいた。

以上のように認められ、右認定をくつがえすに足りる確かな証拠はない。

しかして前認定のように正雪は雇主白山側の事情もあつて自宅通勤することとなり、右通勤に正雪が、その所有の自家用自動車を使用することは雇主も当然了解していたが、この一事をもつて、右通勤につき雇主の支配関係が及んでいたと認めることはできず、この点雇主の提供する通勤専用バスもしくはこれに代わる交通機関の指定と同視することは直ちには認め難い。なぜなら、雇主としては正雪が他の交通手段を採用しても何ら異とするに足りるものではなく、業務に関連した雇主の支配領域内の事柄とは別の次元で発生したものと考えられるからである。原告は、特に自家用車のガソリン代として日額二〇〇円が別途支給される旨の契約があつたと主張するが、右事実に添う<証拠略>は、証人白山三穂の証言に照らして措信できず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。又、仮に右契約が存在していたとしても、その趣旨は、交通費の一部支給と同様もつぱら通勤者に経済的利益を与えるだけの性質を有するものと推認されるから、直ちにこれをもつて雇主の交通機関の提供と同視することはできないと解される。

また前認定のように正雪は、本件工事に必要な手道具類を保管し、これらを事故当時自分の車に積んでいたが、<証拠略>によると、一般的に、タイル張り職人としては工事に不可欠な手道具類は手慣れた自分のものを使用し、また自己の責任で保管するのが通常であり、正雪もまたかような職人一般の当時の習性ないし延長の感覚で、手慣れた自己の所有道具を使用したものであること、また現場には各業者が不規則に出入りするため、白山は普段職人等に自分の手道具類ぐらいは自分で管理するよう注意を喚起していたが、それ以上の指図をしていなかつたことが認められ、かような事実をも考慮すると、正雪の通勤途上における手道具類の保管は、未だ、労働契約の内容として雇主白山が指示を与えたもの、すなわち当該労働関係における雇主に対する労働者の義務として予定されていたものとは認め難い。

その他本件にあらわれた全証拠をもつてしても、通勤途上における本件災害が業務上の事由によるものであることを肯認させる特別の事情は認められない。

してみると、亡橘正雪の蒙つた本件災害はその雇主の白山三穂の指揮監督下において生じたものではなく、業務上の事由によるものといえないことが明らかである。

三 そうすると、右と同様の見解にたつて、亡橘正雪の死亡を業務上の事由によるものではないとして、原告に対し遺族補償年金の保険給付不支給の決定をした被告の処分には違法の点はないものというべくこの取り消しを求める原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田辺康次 小林登美子 大谷吉史)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例